かとせんの「最近、乗ってる?」

どうも、かとせんです。
山に目覚めた普通の赤い人。
がとーに次ぐがとーのレッド。

努~初体験~

人間には得手不得手があるという。


私にとって得手とは「真似すること」であり、不得手とは「努力を継続すること」だろう。
一種の努力を継続すること「練習」を今年の9月までしたことがなかった。
実験ではあったのだが、努力はツールド沖縄の結果が物語っていた。



幼少期から塾や習い事、小学校受験に大学受験や就職活動を一通り経験したが、自ら進んで練習したことはない。
望まずともせざるを得ない環境に置かれてしまっていたし、それに抗うほど自我がなかった。それになんだかんだでこなせてしまっていたからだろう。


なぜこなせていたのか?
一つ意識していることがあった。
それはよく観察することだ。


よく目標と実力のギャップに苦しむことがある。
仕事でも趣味でも家庭でも人生でもよく経験し、世の中苦しんでいる人が大勢いる。
私にはそれしかなかった時代が高校生まで続いた。
なぜ自分はできないのか?何が違っているのか?よく自問自答していたし、今でもそうだ。
幸い運動勉強ともに天才からアホ(自分含む)まで幅広い層が周囲にいた。
だからサンプル数がバラエティー豊かで数も十分だった。
だから、自分の違いにとても気づきやすかった。


そこからは出来る人の観察やヒアリングが始まった。
認識の違い(当たり前レベル)、知識の幅、思考の癖、挙動etc...


違いに気づいたら、自分の行動を変えていかなければならない。
ここで一つ注意すべきことがある。
それは批評的になり卑屈になったり他人を卑下してはいけない。
あくまで自分のことは自分で何とかするしかないでしょう。
出来ないでバカと言われていた時よりも、少しでもできるようになったら既に前のバカレベルは超えている。その積み重ねだよ。


ここで疑問に思う。
なぜ練習しなかったのか?
それは「真似」が上手かったからだろう。そして、目標設定も低く飽きっぽい性格だったからだろう。


真似がうまいとは何か?
それは再現率(保存性)が異常に高いこと、記憶力が良い、特徴をとらえるのが上手い、集中力が並外れている、原理原則を理解していることだと考えている。


特に記憶しているのは、習い事のダンスと水泳である。

両方とも複雑かつスピードが求められる。
ダンスではステップ、位置取り、バランス、リズム感どれもかけてはいけない。
水泳はフォーム通りに体を動かし、さらに力を加え、持久力が求められる。


動きの基本をゆっくりでいいから自分でできるよう集中し、目で見たもの通りに体を動かす。

言葉では簡単に聞こえるがこれが難しく、加えて無意識でできるようにならなければいけない。

実はこの経験は非常にプラスになっていて、実験の操作を一度見て、何度か確認すれば習得できる。


こうして出来ないことができるようになっていく感覚がとても好きなんだと、改めて感じた。


いいことばかりではないのも事実。
それは継続した努力をしなくなることだ。
実際、習得できてしまえば更なるレベルアップを・・・となるが、幸か不幸かそこまで厳しい環境ではなかった。
そうすると、ある程度できたらそれでオッケーとなるので、深いところまでは踏み込まない。
こうして中級者(私)が誕生する。



今、ある程度自転車も乗れて、研究も面白そうなネタもあり学会報告もした。
でも、大会入賞や論文といった目立った成果は出ていない。
それでは満たされない自分がいる。


人生で初めて意識的に基本を押さえ、強度や体調をコントロールしながら努力した結果、沖縄で成果が出た。
自分にとってとても新鮮で、まだまだ自分の中の可能性という名の神を信じていこうと思えている(UC風)
あの日以来、滾々と湧き出るやる気がとどまることを知らない。


上級者へなるために様々な本やブログや話を聞いて、まずは基本をしっかり押さえることが必要だと考えている。本当にあっているのか常々自分に問いかけながら、意識し変わったのか、安易に安易な道に入ろうとしていないか気を付けながら過ごす。
自転車も研究も充実して他ならない何かになります。



独り言にお付き合いいただき、ありがとうございました。